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なおきの“ちょい気になる”大分市政vol.76 日本人でも日本語が通じない?

日本人なら日本語ができる。そう思っている人は多いのではないだろうか。

ただ、実際のデータや学校現場の様子を見ると、その前提は今の日本の実態とはかなりずれている。

61万人の帰化人

法務省の統計によれば、令和6年末時点で帰化が許可された人の累計は61万人を超えている。

この数字を見ると、日本社会はもう多文化共生を遠い話として眺めていられる段階ではない。

国籍と日本語力は別の話

帰化の手続きで求められる日本語の力は、実のところそれほど高くない。

自己紹介ができる、住所が書ける、その程度でも審査を通ることが多い。新聞を読んだり、小学校高学年レベルの漢字を書いたりするのが難しい日本人は少なくない。

2年前に帰化したある人が「漢字はそれほど書けない」と話していたように、「日本語ができないと日本人になれない、ということもない」のが現実だ。

国際結婚の家庭で育ち、家では中国語やフィリピン語を使って過ごしてきた子供たちが、日本国籍を持ちながらも日本語を得意としないまま、ごく普通の隣人として暮らしている。

学校の言葉は日常会話とは別物

日常会話に問題がなくても、学校では別の壁にぶつかる。

放課後、ランドセル、下駄箱、給食袋。学校には日常生活では使わない言葉が溢れている。

それ以上に難しいのが、授業で出てくる抽象的な言葉だ。

算数で「xの係数を求めなさい」と言われたとき、会話はできても「係数」の意味がわからず、そこで思考が止まってしまう子供がいる。普段の会話と、勉強で使う言葉は別物なのだ。

文部科学省の調査では、公立学校で日本語の指導が必要な子供のうち、外国籍は約5万7,000人、日本国籍は1万1,000人を超えている。

「日本人の子なのに日本語がわからない」という状況は実際に起きており、1万1,000人という数はもう特別な話では片付けられない。

外国人はゲストではなく社会の支え手

少子高齢化が進む中、外国人の労働力は日本社会を支える一員になっている。

外国人住民の割合は現在約3%だが、今の年金制度を30年後も続けるには、専門家の見立てでは10%を超えている必要があるとされている。

この値の是非は別途議論が必要だが、大分市のように割合が1%程度の地域では、将来の制度を維持するために今の10倍近い受け入れが必要になる計算だ。

トヨタ自動車などの工場で部品を組み立てているのも、多くは外国人労働者だ。「国産車」と呼ばれる車も、現場を支えているのは彼らである。

外国人労働者は仕事を奪う存在ではなく、一緒に税金を払い、社会を支えているパートナーだ。

日本語教育はコストか投資か

日本語が不自由な子供への支援を、お金のかかる行政の仕事と見る人もいる。しかし長い目で見れば、これは損か得かの話だ。

日本語のサポートが足りないことで高校進学をあきらめたり中退したりする子供の割合は、日本人の子供の8倍というデータがある。

学ぶ機会を失った子供たちは低い賃金の仕事や失業を繰り返し、20代で生活保護に頼ることになるリスクが高い。

早いうちに日本語教育に予算を使うことと、一人の人間を一生にわたって生活保護で支え続けるコストを比べれば、どちらが賢い選択かは自然と見えてくる。

30年前に同じ状況に直面した愛知県では、対応が遅れたことで取り返しのつかない事例が多く生まれた。その経験は今も重い教訓として残っている。

気づいたときには遅い

言葉が通じないことで生まれる壁は、情報の壁、制度の壁、気持ちの壁と、じわじわと地域の分断を深めていく。

気づいて動き出したときには、すでに一世代の若者たちの未来が失われているかもしれない。

国籍や言語を超えて、一緒に税金を払い、良い隣人として生きていける仕組みを今のうちに整えていくこと。

それが、地方自治体の責務であり、政治家として市民と意識共有すべき課題である。

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